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潮田登久子 Tokuko Ushioda

冷蔵庫 ICE BOX

























生まれたばかりの子供・マホと、夫・島尾伸三と私の 三人の生活は、世田谷区豪徳寺にある古びた西洋館の2階の一室から始まりました。15畳ほどの広さの部屋は、天井までの高さが3メートル余りある正立方体 の箱のような空間でした。テレビもビデオも掃除機も洗濯機も家具らしきものが何も見当たらないそこに、いかにも大きすぎる白い冷蔵庫が広い壁の真中に鎮座 していたのです。 冷凍室と冷蔵室に分かれてはいるものの、他にはなんの機能も飾りもない、そっけないものでした。モーターが動き出すとその白い大きな箱は生き物のように体を振るわせて唸ります。冷凍室はすぐ氷がこびりついて、まるで氷の洞窟のようになります。 冷蔵室も野菜や果物がしもげてしまう、温度調節が効かないしろものです。それでも、私も夫も子供も、唯一の調度品であるこの冷蔵庫を、大喜びでフルに活用しました。 南向きの窓からは、月と星と太陽が食事や昼寝やベッドの中の私たちをいつも照らしていました。夫はそんな貧乏を実に満足そうに楽しんでいました。思い出したようにカメラを取り出し(彼は写 真家です)、娘や私の手足や、光りを浴びてキラキラ光るテーブルの上のコップやお皿に向けてシャッターを切っていました。 貧しいけれど、実に平和なこの毎日が不思議に思えてなりませんでした。そして、思いもつかなかった今の自分の生活を冷蔵庫を定点観測することで記録に留めておこうと思いました。 冷蔵庫という白い大きな箱を正面から構え、歪みを少なくして扉を閉じたシーンと開けたシーンをセットしました。 自分のささやかな生活を記録して撮りすすむうちに大家さんの冷蔵庫、母の冷蔵庫、親戚 、友人、知人というように拡がりました。

東京都写真美術館図録「写真都市・東京[1995]」より